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広島高等裁判所 平成2年(行コ)6号 判決

広島県安芸郡府中町宮の町一丁目二番一四号

控訴人

花岡正人

右訴訟代理人弁護士

高村是懿

吉本隆久

広島県安芸郡海田町一番一三号

被控訴人

海田税務署長 並木稔

右指定代理人

大西嘉彦

安友源六

岡田克彦

大橋勝美

西村章

矢野聡彦

右当事者間の更正処分等取消請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が昭和五七年三月一五日控訴人の昭和五三年分、昭和五四年分及び昭和五五年分の各所得税についてした更正のうち、昭和五三年分については所得金額二六〇万円を超える部分を、昭和五四年分については所得金額二五〇万円を超える部分を、及び昭和五五年分については所得金額二九八万一、〇七〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二当事者の主張及び証拠関係

当事者の主張は、次のとおり敷衍、追加するほか、原判決事実摘示のとおりであり、証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

一  控訴人の主張

1  質問検査権行使の違法性について

(一) 申告納税制度のもとにおける質問検査権は、申告によって確定した課税額を更正するための例外的措置として認められているだけであり、賦課課税制度における質問検査権のように課税額を確定するための権限とは異なるから、質問検査権行使の要件については厳格に租税法律主義が貫ぬかれなければならず、質問検査権行使の要件が一般的・白紙的に課税庁に委任されていると解することはできない。

(二) 所得税法二三四条所定の「調査について必要があるとき」とは、国民の課税承諾権という基本的人権の保障と前記申告納税制度の趣旨からして、自主申告が存在するときには、課税標準及び納税額について申告書と添付資料の書面審査により適正でないと判断しうる具体的かつ合理的な疑いのあることが客観的に認められる場合でなければならない。

本件においては、右調査が必要とされる客観的な事情は存在しない。

(三) また、本件調査の方法においても、事前の通知や調査理由の告知を欠き、納税者に弁解・防禦の機会を保障する「適法手続の保障」(憲法三一条)に違反した違法がある。

2  推計課税の必要性の欠如について

(一) 控訴人には、税務調査に協力しない意思は全くなかった。控訴人に調査協力の意思は十分にあったにもかかわらず、被控訴人は、一方的な調査打切りと反面調査に基づく推計課税に入ったのであるから、本件推計において推計課税の必要性は存在しなかった。

(二) また、本件において、控訴人が国税不服審判所において提出した証拠資料により控訴人の所得の実額計算が可能であったから、推計課税の必要はなかった。

3  推計課税の合理性の欠如について

(一) 推計課税が適法とされるためには、当該推計方法が最適なものであり、可能な限り実額に近い所得金額を算出できるものでなければならない。

本件各更正は、同業者比率法によるものであるが、後記4のような本人比率法による推計の方がより合理的であるから、本件各更正の推計は合理性を欠く。

(二) 本件各更正の推計は、A、Bの同業者比率によるが、右業者の抽出基準は合理性を欠き、業者の類似性を犠牲にしたものであって、推計の合理性は認められない。また、本件各更正の推計は、比準同業者が二名であり、その所得率にも大きなばらつきがあるから、同業者比率法のもつ普遍的平均値としての意味がなく、推計の合理性はない。

(三) 本件各更正の推計には、以下のとおり類似性の点において疑問があり、合理性を欠く。

(1) 被控訴人の採用した同業者A(赤草ボーリング工業株式会社)及びB(有限会社伸広)は、いずれも元請業者であり(同業者Aは、三分の二が元請、三分の一が下請である。)官公庁から直接受注できる指名業者である。これに対し、控訴人は、下請業者である。元請業者は、自己の名前で報告書を作成し、提出することになるが、下請の場合にはそれを求められていない。

元請と下請とでは、利益率に格段の差があることは公知の事実である。

(2) 控訴人の仕事は、海上が中心である。特に昭和五四年、五五年は、海田湾埋立工事に関する地質調査の下請に従事していた。同業者A、Bとも陸上業務のみの業者である。

海上の場合には、用船料を支払わなければならず、利益率も異なるし、業態を異にする。

(3) 営業規模にも、大きな差がある。

同業者Aは、七台の試錐機を有し、五〇ないし六〇坪の土地に三階建のビルを所有する中堅業者であり、同業者Bも、六〇ないし七〇坪の土地に三階建のビルを所有する業者である。これに対し、控訴人は、試錐機三台を有し、二一・五坪の敷地に建つ自宅を事務所として使用している業者にすぎない。

4  控訴人の所得のいわゆる実額について

(一) 控訴人主張の実額(主張額)と証拠資料により裏付けられた金額(認定額)との関係は、別表一のとおりである。

右表から、以下のように控訴人の所得の実額計算ができる。少なくとも同業者率による推計に比べて一部本人率による推計により客観的な所得に近い所得額の計算ができる。

(二) 収入金額は、控訴人主張額と反面調査により課税庁の認定した金額とがほぼ一致しており、三年間の合計額では主張額の方が上回っているのであるから、控訴人の主張する収入金額が客観的に正しい金額であり、控訴人の自主計算が信ずるに足りるものであることを示している。

したがって、収入金額は実額として確定しうる。

(三) 昭和五五年分の必要経費について、主張の一四項目のうち証拠資料と一致しないのは、減価償却費、福利厚生費、給料賃金、外注費の四項目のみで、他の一〇項目は証拠資料の裏付けがある。

減価償却費について、昭和五六年八月の調査時に所持していた機械類は、ボーリング機三台、普通貨物自動車一台、軽四輪貨物自動車一台、普通乗用車一台であり、いずれも昭和五五年以前に購入したものであった。領収書は存在しなかったが、その価格、償却期間、減価償却額は、おおむね次のような数字になり、控訴人主張額一三五万三、七五〇円を上回る、

価格 償却期間 年間減価償却費

ボーリング機 一八〇万円

三台で

五四〇万円 八年 六七万五、〇〇〇円

普通貨物自動車

二〇〇万円 五年 四〇万円

軽四輪貨物自動車

四〇万円 三年 一三万三、〇〇〇円

普通乗用自動車

一七〇万円 六年 二八万三、〇〇〇円

合計 一四九万一、〇〇〇円

福利厚生費についても、資料のない差額二四万円は、領収書のとれないジュース代や昼食代である。

給料賃金についても、資料のない差額六〇万円は、いわゆる立ちん坊を雇い入れた際の賃金であり、領収書が存在しないものである。

外注費は、控訴人のパートナーである品川への給料の支払である。控訴人は、品川への給料の支払を外注費と計上していたが、パートナーにふさわしい給料の支払が認められるべきである。

右のとおり、昭和五五年度の必要経費は、実額計算できる。仮に、証拠資料を欠く部分を控除しても、福利厚生費六万五、四八〇円、給料賃金九〇六万四、五〇〇円については証拠資料の裏付けがある。減価償却費については、性格上零となることは考えられないから、少なくとも主張額の半額六七万六、八七五円と推計するのが相当である。外注費についても、パートナーとしての品川を他の従業員の平均額である三〇二万一、五〇〇円と同額と算定するのは低すぎて合理的でないから、少なくとも主張額と平均賃金との中間である三六五万と推定するのが相当である。

したがって、昭和五五年分の必要経費は、少なくとも二、三六一万五、九五二円と推定できる。

(四) 昭和五四年分の必要経費については、後半期の証拠資料しか保存されていない。必要経費の項目のうち、七項目について主張額と認定額が一致しないが、残りの八項目については証拠資料の裏付けがある。

主張額と認定額との不一致がある福利厚生費と給料賃金については、少なくとも資料の裏付けのある認定額をもって実額とし、減価償却費と外注費は、昭和五五年分の推計額と同額と推定するのが相当である。

残る旅費交通費、接待交際費、用船料については、年度によって大きな差が生じることは考えられないから、昭和五五年分の旅費交通費、接待交際費、用船料の収入金額に占める割合を算出し、その割合を昭和五四年分の収入金額に乗じて、昭和五四年分の右各経費を推計するのが合理的である。

とすれば、昭和五四年分の必要経費は、別表二のとおり、合計二、七八二万五、四一二円になる。

(五) 昭和五三年の必要経費については、これを裏付ける資料はないが、別表二のとおり、昭和五四年分の所得率と昭和五五年分の所得率との平均所得率を昭和五三年分の収入金額に乗じることによって、昭和五三年分の所得が推計できる。

(六) 以上のとおり、控訴人の実額所得は別表一のとおりであり、少なくとも本人比率法による推計により控訴人の所得は別表二のとおりと推計できるのであり、本件各更正はこれを超える限度において違法であり、取り消されなければならない。

二  被控訴人の主張

1  控訴人主張1(一)ないし(三)は争う。

本件調査手続には、何ら違法な点は認められず、適法である。仮に、調査手続に違法があっても直ちに課税処分が違法となるものではない。

2  控訴人主張2(一)及び(二)は争う。

被控訴人の係官は、控訴人に帳簿類の提示を求めたが提示がなく、所得金額を実額で把握することができなかったから、推計の必要性はあったものである。

控訴人は、係争年度の支出及び計算を裏付ける証拠資料を一部しか保存していなかったから、控訴人の主張する必要経費の額の当否を証拠資料によって検討することはできなかった。いずれの年度分とも必要経費について実額計算を行うことは不可能である。

3  控訴人の主張3(一)ないし(三)は争う。

同業者の平均値による推計は、あくまでも近似値による推計を行うものであり、納税者の特殊事情については、この近似値による推計を著しく不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、これを斟酌することを要しない。被控訴人の選定した同業者A、Bは、控訴人と類似性が認められ、右同業者の提供する資料は正確であり、他に正確な資料を有する同業者が存在しないことから、同業者A、Bの所得率による推計は許されるものである。

4  控訴人の主張4は争う。

理由

一  請求原因1の事実(本件処分の存在及び課税の経緯)は当事者間に争いがない。

二  質問検査権行使の違法性について

税務調査の範囲、方法、程度等に関する手続上の違法は、刑罰法令に触れたり、公序良俗に違反する方法で課税処分の基礎資料を収集したなどの重大なものでない限り、取消原因にはならないと解すべきであることは、原判決二二枚目表六行目から同裏一一行目までに説示のとおりである。

これを本件についてみれば、本件調査手続には、事前通知の欠如、調査理由の告知の欠如といった違法はなく、反面調査を含めた調査の必要があったことは、後記三で説示のとおりであり、憲法三一条が定める適正手続の保障の趣旨に反するところはないと認められる。

なお、控訴人は、申告納税制度のもとにおける質問検査権が例外的措置であることを前提に議論するが、控訴人の右見解は独自の見解であって採用できない。

三  推計の必要性について

本件各更正に推計の必要性が肯定できることは、次のとおり改めるほか、原判決二三枚目表一一行目から同三〇枚目表九行目までに説示のとおりであり、右認定に反する当審における控訴人本人の供述は信用できない。

原判決二八枚目裏八行目から同三〇枚目表二行目までの「5」の項を次のとおり改める。

「控訴人は、実額による所得金額の計算が可能であり、推計の必要はない旨主張する。しかし、控訴人が被控訴人の調査に協力せず帳簿等の資料の提示がなかったことはすでに説示したとおりであって、本件各更正の処分時において推計の必要性があったものと認められる。処分後の証拠資料が提出されたとしても、処分時において推計の必要性の要件を欠くことにはならないし、また、控訴人主張のような実額計算ができないことは後記六で説示のとおりである。」

四  事業所得金額について

控訴人の本件各係争年分の収入金額が原判決別表五記載のとおりであり(これは、原判決三〇枚目裏八行目から同三一枚目表二行目までのとおり認められる。)、これに同業者A、Bの平均所得率昭和五三年分の二三・七パーセント、昭和五四年分の二七・二パーセント、昭和五五年分一八・三パーセントを乗じた額から控訴人が本件各係争年分に支払った原判決別表九記載の地代(右地代の支払は、乙第一号証及び原審証人角田訓次の証言により認められる。)を控除すれば、控訴人の昭和五三年分の事業所得は六一九万四、六七二円、昭和五四年分の事業所得は八六八万五、九九八円、昭和五五年分の事業所得は五一二万二、九〇九円と推計される。

五  推計の合理性について

そこで、前項の推計が合理性を有するか否かについて検討する。

1  控訴人は、本人比率法による推計の方がより合理的である旨主張するが、控訴人主張の本人比率法による推計が採用できないことは、後記六で説示のとおりである。

2  同業者の抽出基準の合理性について

(一)  成立に争いのない甲第一五号証、乙第一九号証、第二一号証の一、第二七号証、原審証人角田訓次の証言により真正に成立したものと認められる乙第二ないし第一六号証、原審証人河野久夫の証言により真正に成立したものと認められる乙第二二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一七号証、原審証人川崎等、同角田訓次、同河野久夫及び当審証人品川十周一の各証言、原審(第一回)及び当審における控訴人本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1) 控訴人は、昭和四一年に地質調査技士の登録をした者であるが、昭和四七年から三協調査の商号で試錐業(地質調査業)を営んでいた。

本件各係争年の当時、海田税務署管内にある自宅に事務所を置き、試錐機三台と自動車三台(一時期は四台)を所有して、五名ほどの従業員を使用していた。控訴人の業務は、ほとんど地質調査業の下請であった。具体的には地質調査の現場におけるボーリングと、試料採取及び土質の硬度等の試験を行う現場調査とを行い、採取した試料と硬度等の調査を記載した野帳を元請会社に提出するのが主な内容であり、試料と調査結果を受け取った元請会社が報告書を作成することになるが、時には控訴人において報告書の一部をなす地盤調査ボーリング柱状図を作成することもあった。元請会社は、必要に応じて試材の化学的性質試験、力学的性質試験等の解析を行って報告書を作成する。控訴人には、右解析を行う設備はない(なお、控訴人も、解析をする技術者を雇って報告書を作成していたことはあるが、短期間でやめている。)。

控訴人に地質調査を発注する元請会社は、そのほとんどが自ら試錐(ボーリング)することなく、控訴人ら下請業者に現場作業を行わせている。

(2) 被控訴人は、控訴人の経費を実額で把握できないため同業者の平均所得率をもって所得を推計することにし、次のとおり広島西税務署管内のA、可部税務署(現在の広島北税務署)管内のB及び呉税務署管内のCの三業者を同業者として選定した。

(イ) 海田税務署管内において、控訴人と同規模で青色申告をしている試錐業者はなかった。

(ロ) 近接する広島東、広島西、可部、呉及び西条の各税務署管内の試錐業者のうち、次の基準に該当する業者は、前記A、B及びCの三業者のみであった(控訴人と同規模で青色申告をする業者の数は少なかった。)。

〈ⅰ〉 試錐業者で、青色申告書を提出している個人又は法人であること。

ただし、本件各係争年の中途において開業、廃業、休業又は業態の変更があったり、更正又は決定処分が行われて不服を申し立てたり、訴訟中である者を除く。

〈ⅱ〉 本件各係争年分の収入金額が控訴人の収入金額の二分の一以上で二倍以内であること。

(3) A及びBの業者は、その申告書及び管轄税務署に保管されていた調査記録からして、取引先が控訴人と重なっており、主に地質調査業の下請を業務とするものと判断され、所有する試錐機も三台ないし数台程度で、従業員も四人程度であることが分かった。また、報告書作成のための解析を行う機械は備えていなかった。

なお、C業者は、控訴人の異議申立の調査の段階で、地質調査業の占める割合が一割程度であることが判明した。

(4) A及びBの課税実績(ただし、Aは、昭和五五年三月に法人になり、Bは、昭和五三年当時から法人であったから、それぞれ個人換算した数字による。)に基づき、A及びBの本件各係争年分の収入金額、算出所得金額(収入金額から経費を控除したもの)及び所得率(算出所得金額を収入金額で除したもの)を計算すると、原判決別表六ないし八記載のとおりとなる。

そして、右算出したA及びBの所得率を平均した所得率は、前記四の推計で採用した昭和五三年分が二三・七パーセント、昭和五四年分が二七・二パーセント、昭和五五年分が一八・三パーセントとなる。

(二)  前記(一)(1)ないし(4)で認定した事実を総合すれば、控訴人と同業者A及びBとの間の業種・業態の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性等の同業者の類似性は肯定することができ、A及びBの所得率算出の資料は正確である、と認められるから、右同業者の抽出基準は、近似値としての推計を不合理ならしめるに足りる特殊事情が認められない限り、合理性がある、と認めるのが相当である。

(三)  控訴人が類似性の肯定を妨げる事情として主張する事実中、業種に関する主張が理由のないことは、原判決三三枚目表九行目から同三八枚目表一〇行目までのとおりであり、業態(ただし、元請と下請けに関する主張は除く。)に関する主張の理由のないことは、原判決三九枚目表九行目から同四三枚目表六行目まで(ただし、原判決四一枚目裏五行目の「ばかりでなく」から同八行目までの「採用しない」を削る。)のとおりであり、当審証人品川十周一の証言及び控訴人本人の当審における供述をもって右認定を左右することはできない。

控訴人は、同業者A及びBがいずれも元請業者であり指名業者であるから、下請業者である控訴人と類似性を欠く旨主張する。しかしながら、前記(一)で認定したとおり、A及びBの取引先、試錐機の所有状況等からして、A及びBは主に地質調査の下請を行っていると認められるところであり、仮にA及びBが元請として報告書を作成することがあるとしても、解析を行う設備を有している様子はなく、自ら解析をした上で報告書を作成しているとは認め難いから、控訴人と業態を大きく異にするとは認められない。したがって、A及びBが一部元請として報告書の作成業務までを行うことがあったとしても、直ちに有意的に利益率が異なると推認することはできないし、有意的な利益率の差を認めるに足りる客観的な証拠はなく(かえって原審証人原美夫は、さく井協会の支部長から、いわゆる井戸堀業(ボーリッグ)の利益率は約一割であり、地質調査業は、しまいまできちっと仕事をする場合の利益率は約三割というのが業界の常識である旨聞いた、と証言しており、また、当審証人品川十周一は、ボーリングだけの仕事と地質調査の報告書を作るまでの仕事との収益の差について質問され、「純益は分かりませんが、我々がもらっているのは三〇パーセントぐらいかなと思っております。」と証言していることから、少なくとも地質調査業の下請と元請との間に顕著な利益率の差があるとはうかがえない。)、前記認定のような地質調査業の元請と下請との間に明らかな利益率の差があることは公知の事実であるとも認められない。

3  控訴人が主張する抽出過程の不合理性及び比準内容の不合理性が認められないことは、原判決四三枚目表七行目から同四六枚目裏一行目までのとおりである(ただし、原判決四四枚目表九行目の「前記2の(二)に」を「すでに」に改め、同四五枚目裏五行目の「が、」から同一一行目の「いうべきである」までを削り、同四六枚目表一〇行目の「同業者の平均値による推計」を「本件の推計」に改める。)。

4  右1ないし3で検討したところによれば、控訴人と同業者A及びBとの類似性は肯定でき、この認定を妨げる特段の事情は認められず、同業者A及びBの所得に関する資料の正確性も認められ、比準同業者がA及びBの二件だけではあるが、右A及びBの平均所得率による推計が不合理であるとは認められないのであり、後記六で説示するとおり控訴人主張の実額が認められず、本人比率法の推計も合理的と認められず、他に合理的な推計方法を選択し得るとの事情のないことも考慮すれば、前記四で説示した同業者A及びBの平均所得率による推計は合理性を有すると認めるのが相当である。

六  いわゆる実額等の主張について

控訴人は、実額による所得額、少なくとも一部本人率による推計により真実に近い所得額が本件の推計による所得額よりも低額である旨主張するが、右主張は、以下のとおり、採用できない。

1  控訴人は、収入金額の実額を主張するが、これを認めるに足りる資料の提出はない。この点、控訴人は、被控訴人が反面調査に基づき認定した収入金額とほぼ一致することから、控訴人の主張する収入金額が客観的に正しい旨主張する。しかし被控訴人が認定した収入金額は反面調査で被控訴人が把握した金額であり、直ちに控訴人の収入金額の全額、すなわち客観的真実額を意味するものではない。控訴人は、帳簿その他の証拠資料によって、客観的収入額を明らかにしていないし、客観的収入が被控訴人主張額を超えるものではないことも明らかにしていない。そして、一般的には、収入額が増えれば経費も増す関係にあるから、必要経費を実額で主張する場合には、主張する経費額が右客観的な収入金額に対応すること(対応しない事情のある場合にはその事情)をも明らかにしない限り、必要経費を実額で認定することは困難である。

控訴人は、主張する収入金額が客観的な真実額であることを明らかにする資料を提出していないし、主張する必要経費が客観的な収入額に対応するものであることを明らかにしていないから、控訴人の実額の主張はこの点においてすでに理由がない。

2  控訴人は、昭和五五年分の必要経費について、資料が欠ける部分があることを自認している。右資料の欠ける必要経費について、証人品川の証言や控訴人本人の供述をもって心証を得ることはできない。右資料の欠ける減価償却費及び外注費について、控訴人は、推計できる旨主張するが、控訴人主張のような推計が被控訴人主張の推計より合理性を有するとは認められない。特に、主張する外注費は、四〇〇万円前後の多額に及ぶのにこれを裏付ける資料の提出は全くなく、品川に渡した金員であると主張するのに品川の申告の内容は明らかにされていないばかりでなく、外注費には品川への給与分も含む旨主張するが、甲第一五号証によれば、控訴人は、国税不服審判所において、外注費は品川に手渡す品川担当の工事の諸経費である旨供述し、一方、品川は、給料という名目で毎月同額をとり、年末にボーナスを年間五か月分を目標にとっている、自分の担当する工事については、工事金として現場経費を概算払で受領している旨供述しており、外注費に品川の給与分が含まれる旨の主張はうかがえない(仮に、外注費に品川の給与が含まれるとすれば、品川への給料は毎月定額支払われるのであるから、これを明らかにすることは容易であると考えられる。)等その内容もあいまいであり、控訴人主張のような外注費が実際に支払われたと認めることは到底できない。

3  更に、控訴人は、昭和五四年分及び昭和五三年分の必要経費を昭和五五年分の必要経費を前提に本人比率による推計で認定できる旨主張する。しかし、昭和五五年分の必要経費が控訴人主張のような実額あるいは一部推計で認定することができないことは、前記2で説示したとおりであるから、これを前提とする昭和五四年分及び昭和五三年分の必要経費も控訴人主張のように認定することはできない。

右1ないし3で検討したところによれば、控訴人の実額及び本人比率法による推計の主張は、失当である。

七  結論

以上のとおり、本件各更正は、控訴人の本件各係争年分の事業所得の金額の範囲内でなされたものであるから、適法である。また、控訴人の本件各係争年分の期限内申告書は提出されているが、本件各更正があったから、国税通則法六五条一項の規定により、本件各更正に基づき納付すべき税額に一〇〇分の五の割合を乗じた金額に相当する過少申告加算税を課すことになり、これを賦課した本件各賦課決定も、適法である。

よって、控訴人の本訴請求はこれを失当として棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠清 裁判官 小林正明 裁判官 渡邉了造)

別表1

〈省略〉

別表2

本人比率による推計(カッコ内数字が推計額)

〈省略〉

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